海老原喜之助
海老原喜之助(えびはらきのすけ)
気高いエスプリと詩情あふれる造形性
鹿児島県出身の洋画家。渡仏時、藤田嗣冶に師事。昭和20年熊本市人吉市に疎開。以後5年間油彩制作をデッサンに専念も。独持な叙情詩的で、清新な作風で知られ、馬をモチーフにした作品が多く、鮮やかな青の色彩が特徴的です。
戦後、熊本に「海老原美術研究所」を設立。後進の育成にも貢献しました。では、そんな海老原喜之助について当ギャラリーの見解をお伝えさせていただきます。
造形的骨格と童話的ロマンに満ち
風景画、静物画と具象作品を描いてきた海老原喜之助ですが、その中でもやはり「馬」が描かれた作品が人気です。主な作品の技法は、油彩、水彩、鉛筆など。
戦争犠牲者への鎮魂の作品も制作
やはり真贋も重要になってきます。特に原画の場合、作家によっては鑑定の有無が決め手になります。日本の画壇では、作家それぞれに鑑定機関を設けております。なお海老原喜之助の鑑定機関は東京・虎ノ門の東京美術倶楽部になります。
海老原喜之助 略歴
明治37年(1904)-昭和45年(1970)
鹿児島市生まれ。パリで没。
大正10年 | 上京し、川端画学校に学んだ。この時期に有島生馬を知り、同作家を師事。 |
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翌12年 | 滞仏。中川紀元の紹介により藤田嗣治に師事し、サロンに出品を続ける。 |
昭和2年 | 第10回サロン・ド・レスカリエに、カンピリ、ジャコメッティらとともに招待され、14点を出品。詩人アンリ・ピエール・フォカスに賞賛され、このころからエコール・ド・パリの次期の担い手として注目された。 |
同3年 | ニューヨークでロッシェの企画による個展。翌年にも個展を開く。 |
同4年 | 個展出品作「曲馬」はアメリカのグラフ誌の表紙となり、カーネギー財団の収集となった。この頃から西洋古典、とりわけブリューゲルに傾倒、また黒白の諧調の作品から次第に青と白の雪景シリーズへ移行。 |
同5年 | 「ゲレンデ」などの作品を生み、「エビハラ・ブルー」と称される。滞仏中に浜口陽三、ジャコメッティ、さらに超現実派のパパゾフやボレスらと交流を深めた。 |
同9年 | 1月帰国。6月日動画廊で第1回個展開催。以後、継続的に個展を開催。 |
同10年 | 独立美術展では最優秀賞受賞。 |
同35年 | 第1回毎日芸術賞受賞。 |
同39年 | 芸術選奨文部大臣賞受賞。 |
海老原喜之助 代表作品
- ≪曲馬≫
- ≪雨の日≫など
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