【外国人洋画】激しいタッチと鮮烈な色彩の画風で、ポスト印象派の代表的な画家であったゴッホ。しかし、生前ほとんど評価されず、経済的な苦境に陥りました。また、精神的な問題も抱えていたことはあまりにも有名です。
明るい色彩と大胆な筆致
代表作『星月夜』(1889年)に見られるように、鮮やかな色彩と生き生きとした筆遣いが特徴。「目の前にあるものをそのまま再現しようとするのではなく、より恣意的に色を使って、より力強く自分自身を表現します」と語っています。(Artnetより)
若い頃、ゴッホは画商として働き始めましたが、後に教師や書店員としても働きました。絵画の道に進む前には、宗教的な情熱から伝道師として活動しようとしたこともありました 。
芸術家としてのキャリア
パリでの生活
1886年、パリに移り住み、弟のテオと共に生活しました。ここで印象派や新印象派の画家たちと交流し、彼のスタイルに大きな影響を与えました 。
アルル時代
1888年、南フランスのアルルに移住し、明るい色彩と大胆な筆致を特徴とする多くの傑作を生み出しました。この時期には『ひまわり』(1888年)や『黄色い家』(1888年)といった有名な作品が描かれました 。
ゴーギャンとの関係
ゴッホはポール・ゴーギャンと共同生活を試みましたが、二人の対立は激化し、ゴッホは精神的な崩壊を経験しました。この事件後、彼は自ら耳の一部を切り落とすという行動に出ました。
晩年と死
精神病院での生活
1889年、サン=レミ=ド=プロヴァンスの精神病院に入院し、ここで先ほどの引用元の代表作『星月夜』(1889年)などの作品を描きました。彼の病は悪化し、次第に絵画制作も困難になっていきました。
市場と評価
さて、そんなゴッホの現在の「市場と評価」は・・・
現在もアート市場では価格が高騰する画家のひとりですが、なかなか原画のゴッホ作品が海外アート市場でも出回るのは僅かです。(ギャラリーボヤージュより)
多作な画家であったゴッホは、10年余りで2,100点以上の作品を制作。ただやはりゴッホ作品の原画も海外市場に出回ることも僅かで、Artsyによりますと、年間Lot数も9件でした。
おわりに
自ら耳を切り落とすという狂気的なイメージが強いゴッホでしたが、信仰意識の強さから、牧師になる志望があった事は知りませんでした。絵画と宗教。相互的な浸透を目指していたのかも知れません。
ちなみに…
ゴッホを扱った映画で配信、レンタルで現在視聴できる作品として、最近ですとウィレム・デフォーがゴッホを演じた「永遠の門 ゴッホの見た未来」(2017年)(Wikipediaより)という伝記映画があります。さらにイギリスBBC制作のベネディクト・カンバーバッチがゴッホを演じたドキュメンタリードラマ「ゴッホ 真実の手紙」(2010年)(Wikipediaより)、変わったところで全編、油絵で描かれたアニメーション映画「ゴッホ~最期の手紙~」(2017年)(Wikipediaより)があります。こちらも晩年のゴッホの死の謎を追う物語だそうです。